備えよ常に! 備えあれば憂いなし。 防災対策の決め手・非常持出袋と防犯を考える > 防災のすすめ > 02 稲むらの火
防災のすすめ02 稲むらの火
安政元年11月5日(1854年: 旧暦)に、
南海地震が発生しました。
紀伊半島沖を震源とする、M8.4という
巨大な南海地震でした。
発生間もなく、大津波が沿岸の村々を
襲ってきました。
和歌山県の広村(現在の広川町)に
住むんでいた、郷士、浜口梧陵は
津波が押し寄せてくることを悟り、刈り
取ったばかりの稲むらに火をつけて、
村の人々を高台に導き、大津波から
村民を救いました。
戦前・戦後の小学校の教科書にも
載せられていたエピソードです。
この後、梧陵は大被害を受けた村民の
離散を防ぐために、また、再び襲って
くるであろう津波に備え、村を守るために、
私財をなげうって防波堤の築造工事を
進め、村の復旧・復興に努めて、被災した
村民の生活を支えました。
当時、築造された堤防は広村堤防と
呼ばれて、現在も地域を守る大切な
堤防として機能しています。
毎年11月に、広川町では、津波祭りが
開催され、子供達は土を持ち寄って
堤防を補修し、浜口梧陵の業績に感謝
すると共に、防災意識を持つことの
努力が続けられています。
浜口梧陵は、その後に、和歌山藩の
勘定奉行を務め、初代和歌山県会議長
として、行政に力をふるい、多くの業績を
残しています。
「備えよ常に! 備えあれば憂いなし」です。
安全と安心の非常持出袋の準備は?