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忘れた頃に来た天災02 地震と古墳
エジプトのクフ王のピラミッド、秦の
始皇帝陵と並んで世界の三大陵墓の
一つは、仁徳陵(大山古墳)です。
大山{大仙)古墳は古墳時代の中頃に
築造され仁徳天皇の陵墓とされていて、
世界最大の陵域を持っています。
現在は、宮内庁の管理下にあって、
当然、立ち入ることは出来ませんが、
記録では、豊臣秀吉は、ここで、狩猟を
楽しんだとも言われ、また、江戸時代
までは、堺の人々にとって、御陵は
ピクニックの場でもあったようです。
この御陵の墳丘は、各所で、大きく変形
しており、地震による大規模な地すべり
があるようで、後円部の高さは、現在
よりも相当高い、美しい姿をしていたと
想像されます。
最近、地震と古墳の関係で、話題に
なったものに、継体天皇の陵墓とされ、
淀川北岸で最大規模の今城塚古墳が
あります。
531年12月に完成したこの古墳は
全長190mで二重の周濠を持つ
前方後円墳です。濠と堤を含めると
全長350mになります。
後円部は三段に築かれ、墳頂の
下には大規模な石組みの石室が
築かれ、三つの石棺が収められて
いたようです。
文禄5年(1596)閏7月13日の
子刻に起きた伏見地震による
大規模な地すべりのために、古墳の
各所が崩壊し、石室を含む後円部は
原型を留めないほどの地すべりによって、
石室構造は崩壊してしまいました。
平成18年末から行われた発掘調査で、
地震のすさまじい破壊力を見せ付ける
地すべりの後や押しつぶされた石室
基盤などが表れ19年3月の現地説明会
で、見学者から驚きの声が上がりました。
天理市の北、名阪道路が坂にかかる
ところに古墳群があります。
ここの古墳群の中で、400年ごろに
築かれた、全長107mの不自然な
形状をしていた赤土山古墳は、発掘
調査で地震により大規模な破壊を受けた
前方後円墳であることが判りました。
また、滑り落ちた墳丘の土の下から、
完全な形を保った埴輪が12基も見つかり、
古墳の築造後、間もない時期に起こった
地震で埋没したものと見られています。
埴輪は、4世紀後半から5世紀の初頭の
時期のものですので、400年前後に、
奈良中部で大きな地震があったという
ことです。
「備えよ常に! 備えあれば憂いなし」です。
安全と安心の非常持出袋の準備は?