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「袋」のいろいろ812貫頭衣 弥生時代の衣装
日本人が、いつ頃から織物の衣服を身に
着けていたかは、はっきりと判りません。
また、どのようなものであったかは、正確な
記録も現物も残っていないので、不明です。
最も古い記録では、ご存知の魏志倭人伝に
頼らざるを得ないのが現状です。
そこには、「其風俗不淫、男子皆露◎(糸+介入)、
以木緜招頭。其衣横幅、但結束相連、略無縫。
婦人被髮屈&◎(糸+介入)、作衣如單被、
穿其中央、貫頭衣之。」とあります。
大意は、男は布を横合せにしてまとい、
縫わずに紐で結んでいるだけである。
女は、髪を折り曲げて曲げに結い、単衣
(ひとえ)の布の中央に穴を開け、頭から
被っている、とあります。
この、「貫頭衣之」から、頭から被るスタイルの
衣装を「貫頭衣」(かんとうい)と呼んでいます。
今のところ、遺跡から出土している機織の
道具は、織り幅が30cmほどのもので、
両肩まですっぽりと覆える横幅が取れる
50cmクラスの機織道具が存在したのか
どうかは、確認は出来ません。
倭人伝で記しているように、女性が一枚布
を体の前後に掛けて、中央に穴を開けて
被っていた、というのであれば、幅広の布が
存在したのでしょう。
体の左右は男子同様、縫うのではなく、
紐で結んでいたのでしょう。
いはば、これは、記録に残る日本での
最初の「袋」、或いは、袋状の衣装だったと
いえると思います。
タンクトップのファッションが、流行っていた
かも知れませんね。
卑弥呼の時代から、ほぼ半世紀ほど後の、
3世紀末から4世紀初頭の古墳で、34枚もの
鏡が出土した黒塚古墳からは、布の残欠が
出土しています。
鏡を袋に入れていたのか、或いは、布で
包んでいたのかは判りませんが、もし、袋で
あったとすれば、日本で最初の袋の遺物と
いうことでしょうね。
「備えよ常に! 備えあれば憂いなし」です。
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